昭和の東京オリンピック前年(1963年)に生まれた私たち。 私たちは、テレビという新しいメディアが爆発的に広がっていくのを肌で感じながら成長してきた、最初の世代ではないでしょうか。
私の一番古い記憶をたどると、白黒テレビに映る「鉄人28号」のかすかな映像に突き当たります。
改めて調べてみると、アニメ『鉄人28号(第1作)』の放送期間は1963年10月20日~1966年5月25日。リアルタイムで見ていたとしたら、私は遅くても3歳ということになります。私の記憶力がそこまで良いとは思えないので、おそらくその後、何度も流れていた再放送を観ていたのだろうな、と想像しています。
それでも、主題歌の一節は今でも頭にしっかりと刷り込まれています。
ずっと「夜の街にガオー♪」だと思い込んでいたのですが、今回調べてみたら私の覚え違いで、正しくは「ビルの街にガオー、夜のハイウェイにガオー」でした。このオープニング動画をネットで見つけたときは、懐かしさで胸が熱くなりました。
金田正太郎という少年が、小さなリモコンを両手で操作して、巨大な鉄人を自由に操る――。その姿は当時の私にとって強烈でした。ストーリー自体は「勧善懲悪のものだったな」という漠然とした印象しか残っていませんが、「メカを自分で動かす」という設定そのものに、幼いながらも未来を感じていたのだと思います。
今回、大人になってからWikipediaを見て、本当に驚いたことがあります。 それは、鉄人28号の原作が、あの漫画『三国志』の横山光輝さんだったということです。
『三国志』は大人になってから一時期大ハマりし、全巻を一気に読破しました。物語の面白さはもちろんですが、あの大作を何年もかけて綿密に描き上げた横山先生の熱量には、今でも心から敬服しています。その横山光輝先生が、私のアニメの原体験である『鉄人28号』の生みの親だったとは……!時を超えて点と線が繋がったような、大きな発見でした。
ちなみに、もう一つの金字塔である『鉄腕アトム(第1作)』は、1963年1月1日から1966年12月31日まで放送されていました。アトムのほうが少しだけ先輩で、鉄人28号と重なる期間が長かったんですね。
ともに「1963年」に産声をあげた作品。 そう考えると、昭和38年(1963年)というのは、日本のアニメ史においてとてつもない記念碑的な年だったのではないか、という気がしてきます。
私は鉄腕アトムも観ていたはずで、「十万馬力だ 鉄腕アトム」というフレーズもしっかり覚えています。でも、なぜか印象に残っているのは圧倒的に『鉄人28号』のほうでした。
「正義のロボット(アトム)」よりも、「人間がリモコンで操る巨大な鉄の塊(鉄人)」の方に惹かれる。ここについ、自分の「好み」の原点を見てしまいます。(あ、でも『ジャングル大帝』も大好きでしたが……笑)
振り返ってみると、私が今でも「家電好き・メカ好き」である理由は、この幼少期のリモコン体験にあるのかもしれません。
当時の家電は、決して簡単に買い替えられるようなものではありませんでした。しかし、家に新しい電化製品がやってくるたびに、そこには「新しい生活、未来の暮らし」を期待させる特別な力がありました。新しい製品のパンフレットや、電気屋さんのチラシを見るだけで、胸がわくわくしたものです。
いまだに新聞の折り込みチラシで電気屋さんの文字を見ると、つい手が止まってじっくり眺めてしまう私ですが、そのルーツは、あの白黒テレビの中でリモコンを握りしめていた1963年の原風景にあるのだと、この記事を書きながら改めて腑に落ちました。








