花まつり=灌仏会(かんぶつえ)は4月8日と限らない

春分の日が月曜日ということで、3連休になりました。春分の日はお彼岸の中日です。お墓参りをした人もたくさんいたことでしょう。お彼岸が過ぎると、次のお寺の行事は灌仏会(かんぶつえ)、通称「花まつり」です。これはお釈迦様の誕生日を祝う会。4月8日に行われると言われますが、、、

お釈迦様の誕生は、確定できていない

お釈迦様の生まれた年がおよそ2500年前であることは間違いありませんが、諸説あってそれ以上の詳細な年については確定できていません。実は、日付についても諸説あって、断言できないというのが本当のところです。中国歴の4月8日という説、インド系太陽太陰暦第2月15日であるという説、それぞれ暦が違うのだから、話はややこしいです。いずれにしても、春の花の季節であるということだけは言えるようです。

灌仏会(かんぶつえ)=花まつりはいつ行われる?

日本では今の暦の4月8日や、寺院によって月遅れの同5月8日に行われます。また旧暦の4月8日(その年によって異なります。2017年は5月3日にあたります。)としている場合もあるそうです。「誕生日の日付には、諸説あるけれども、うちでは(この日を誕生日と考えていますよ。)この日にお祝いをしますよ。」ということでしょう。
仏教系の学校や幼稚園などでは5月の下旬に、行事として花まつりを行うところもあるようです。これは遅れて行う誕生会ですね。

灌仏会(かんぶつえ)の意味

こんごういんぎっず「なぜ・なに特集-花まつり-」
から引用しました。マーカーはkojiが付けました。

当日は、お釈迦さまのお誕生日を祝う法要が行われます。お寺の境内には花御堂(はなみどう)がつくられ、その中にお釈迦さまの誕生仏が安置されます。
参拝に来た人たちは、誕生仏の頭上に竹の杓で甘茶をかけてお祝いします。
このように甘茶を灌(そそ)ぐ行事ですので灌仏会というのです。
花御堂は、お釈迦さまが生まれたルンビニの花園を表したもので、桜、れんぎょう、木蓮などの花々で美しく飾った小堂です。
誕生仏は、右手は天を指し、左手は地上を指した姿をしています。
これは、お釈迦さまが産まれた直後、七歩歩いて、右手で天を左手で地を指して「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげ(が)ゆいがどくそん)」と話したという伝説に基づいています。

なぜ甘茶をかけるのか?

お釈迦様が誕生したとき、産湯を使わせるために9つの竜が天から清浄の水を注いだという伝説に基づいています。その水は甘かった。それを再現するため、甘茶を使うようになりました。江戸時代までは香水だったようです。
その甘茶は、アジサイ科の落葉低木ガクアジサイの変種であるアマチャの葉で作ったお茶。アマチャズルのお茶とは別物です。

「花まつり」の由来

お釈迦さまのお誕生日を祝って全国の寺院などで行われる灌仏会(かんぶつえ)は、降誕会(ごうたんえ)、浴仏会(よくぶつえ)、仏生会(ぶっしょうえ)、竜華会(りゅうげえ)などの別名もあります。宗派を問わず使われる花まつりという名称が今ではこの行事の代名詞となっています。花まつリを幼稚園や学校の行事としている場合もあり、お寺だけの行事でなく、一般の行事としても浸透してきています。
「花まつり」と言われるようになったのは、明治時代から。新暦の四月八日がちょうど桜の季節ということもあって「花まつり」という名称が提唱され、広く一般に使われるようになりました。提唱したのは、浄土真宗の僧侶安藤嶺丸だそうです。

「逢うは別れの始め」・・・・

植物が一斉に芽吹く春に誕生したお釈迦さま。それを祝う花まつりは、春の季節にぴったりだなと思います。ただ、「お釈迦さまの誕生も、蔭には悲しい事実がありました。実母摩耶夫人(まやぶにん)の死です。『自らの誕生によって母の生命を奪った』という想いが、その出家の一つの原因かもしれません。」(平成二十九年 曹洞宗宝暦 より)
 花盛りも必ず衰える。だからこそ、今を充実させるという思想。花まつりと言いながら、無常に思いをはせることができますね。逢うは別れの始めだからこそ、「今生の出会いの一瞬一瞬を大切にしたいものです。」(曹洞宗宝暦より)なるほどと思いました。合掌。