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端午(たんご)の節句

端午の節句という言葉を耳にする時期となりました。たんごは、アルゼンチン発祥の音楽「タンゴ」ではもちろんありませんね。この機会に確認したいと思いました。

端午の意味

日本国語大辞典によると

(『端』は初め、『午』は午(うま)または、五の意)
①月の五日の日を言う。
②五節供の一つ。陰暦五月五日の男子の節供。邪気を払うために菖蒲(しょうぶ)や蓬(よもぎ)を軒にさし、粽(ちまき)・柏餅を食べる。江戸自体以降、男児のある家では鯉のぼりを立て、甲冑(かっちゅう)、刀、武者人形などを飾って将来を祝う。現在は「子供の日」。端午の節。端午の節供。あやめの節供。重五(ちょうご)。端陽。


節句は節供とも書くらしく、この辞典では、「節供」となっていました。また、この時点が発行された時点では「子供の日」と漢字表記だったようです。(今は、「こどもの日」とひらがなで書くことになっています。)

端午はほかに使われることがあまりなく、端午=端午の節句として通用するようです。

端午が五月五日になった経緯

古くから、日本では時刻や方角について十二支を使って表してしました。「正午」が午後零時を指すのは、生活に根付いています。「午」よりも前が午前ですし、後は午後ですね。
十二支を使った時刻の表し方・・・それぞれに二時間を割り当てて一日、二十四時間を表します。
・子=23時- 1時
・丑= 1時- 3時・・・草木も眠る「うしみつどき」
・寅= 3時- 5時
・卯= 5時- 7時
・辰= 7時- 9時
・巳= 9時-11時
・午=11時-13時・・・真ん中の12時が正午。
・未=13時-15時
・申=15時-17時
・酉=17時-19時
・戌=19時-21時
・亥=21時-23時

午は7番目。その午がついた日がなぜ5月5日なのか? 調べているうちにとても気になりました。

まずは、5月は午の月(うまのつき) と呼ばれることを知りました。

陰暦5月の異名。午月(ごげつ)。古代中国では冬至を含む月に、北斗七星の取っ手の先が真下(北の方角)を指すため、この月を十二支の最初である「子の月(ねのつき)」とした。以降、12月は「丑の月(うしのつき)」、翌1月は「寅の月(とらのつき)」と呼ばれた。


冬至は旧暦だと11月に来ます。それが十二支の一番最初の子。7番目の午は旧暦の五月を表すことになります。

そして、午が5日になったのは、「ご」という音のためのようです。
wikipediaからの引用です。

元々「端午」は月の始めの午の日のことだった。後に、「午」は「五」に通じることから毎月5日となり、その中でも数字が重なる5月5日を「端午の節句」と呼ぶようになったともいう。


端午の節供が五月五日になったのは、同じ数字が重なるということの特別感のせいでもあったと思われます。
ぞろ目には魅力のために、午は「五」と読み替えられていったのでしょう。
昔から縁起のいいとされる奇数が重なった日は節句になっていますね。(1月は1月7日ですが。)

<節句(節供)一覧>

・人日(じんじつ) 1月7日 七草の節句
・上巳(じょうし) 3月3日 桃の節句・雛祭
・端午(たんご) 5月5日 菖蒲の節句
・七夕(しちせき) 7月7日 七夕(たなばた)
・重陽(ちょうよう) 9月9日 菊の節句

枕草子では最高の節句

古典として有名な随筆「枕草子」には、最高の節供として「五月の節」が描かれていました。小学館「日本古典文学全集11」より引用します。

<本文>
節(せち)は、五月にしくはなし。菖蒲(しょうぶ)、蓬(よもぎ)などのかをりあひたるも、いみじうをかし。九重(ここのえ)の内をはじめて、言ひ知らぬたみしかはらの済みかまで、いかでわがもとにしげく葺(ふ)かむと葺きわたしたる、なほいとめづらしく、いつかことをりは、さはしたりし。

<現代語訳>
節日(せつじつ)は、五月五日の節日におよぶものはない。菖蒲や蓬などが、一緒にかおり合っているのも、たいへんおもしろい。内裏(だいり)のうちをはじめとして、いうにも足りないタミシカハラといういやしい者の住まいまでも、どうかして自分の所にはほかよりたくさん葺こうと、一面に軒にずうっと葺いてあるのは、やはりたいへん目馴れぬおもしろさで、いつ他の折にはそんなことをしていたことがあるか。

———————-
筆者、清少納言は、一斉に菖蒲や蓬が飾られる様子を、「目馴れぬおもしろさ」として好意的にとらえています。平安時代には、特に男の子の節供ということではなかったようですね。
貴族の時代が終わり、武士の世になって、菖蒲(しょうぶ)が尚武【武道・武勇を重んじること。】という言葉と通じるということもあり、端午の節句は男の子の節句になっていきます。

こどもの日が5月5日である理由

「こども日」は、1948年(昭和23年)に国民の祝日の一つとして制定されました。祝日法2条には、「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」ことが趣旨であると書かれているそうです。

日にちについては、当初は、桃の節句3月3日や、学年が始まる4月1日という案もあったそうです。3月3日では北海道などではまだ寒すぎる、4月1日はエイプリルフールと重なってしまうと言う理由で却下されたとのこと。(確かに、エイプリルフールと重ねるのは良くないと思います。)

最終的に、古来から「端午の節句」として、男の子の健やかな成長を祈願する日であった5月5日に落ちついたようです。議論の詳細は調べきれませんでした。ただ、国民からも「5月5日を祝日に」という声が上がっていたそうです。ゴールデンウィークの最後の祝祭日。制定の際に「長く続く休日が望ましい」という配慮もあった、という記述も見かけました。

男の子の節句が祝祭日になったのに、女の子の節句が祝祭日でな言ことに、「男尊女卑」との批判もあったようです。最近では、あまり問題にされることはないと感じます。小学校や幼稚園では、男女共に「兜」や「こいのぼり」を作ったりもしていますね。

初節句とは

初節句(はつぜっく、はつのせっく)は、子供が生まれて最初に迎える、節句の事。お祝いをします。
男の子は生後初めての五月五日、端午の節句が初節句になります。3月や4月生まれの男の子の場合は次の五月五日にお祝いすることもあります。初節句には、五月人形や鎧兜が贈られたりします。

我が家の子供たちはすでにこどもの日に何かをするような年齢ではありません。いつになるからわかりませんが、孫の初節句には張り切ることになるかもしれません。

おじさんは思った

”端午の節句”と”こどもの日”のそれぞれの意味合いを、大人として知っておいた方がいいなと改めて思いました。また、端午の節句の習わしにもたくさんの源があることがわかりました。
いろいろなものが統合されて、現在の五月五日があります。ちまき、柏餅、こいのぼり、五月人形、菖蒲(しょうぶ)湯、菖蒲かざり、全部いっぺんにやろうとしても(食べようとしても)、なんだか、おなか一杯の気分になりますね。由来を知ったうえで、「うちはこれにする。」と絞っていけたらいいと思います。

端午の節句と、本来は別のものである「こどもの日」。祝日法では、「母に感謝する」とうたわれていることを、今回初めて知りました。子どもをちやほやするだけでなく、母をねぎらうということをもっと強調すべきだろうと思いました。5月の第2日曜日が母の日で、近すぎるので商売的にはやりにくいのかもしれませんが、「母に感謝」はしすぎて悪いことはないと思います。広げて考えてみると、以前は、11月の勤労感謝の日はどちらかというと「父への感謝」の色が濃かったような気がします。

「タンゴ」と聞くと、どうしても「黒猫のタンゴ」を思い出しますね。いろいろな場面でいまだに歌われ続けているようです。


また、最近(でもないようですが、、、)では、「だんご三兄弟」もタンゴですね。
「丹後」とか「単語」とかの同音異義語もあり、気を付ければ、しゃれにも使いやすい「端午」なのでした。

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