スポーンサーリンク

影の薄い、父の日

さだまさしの「関白宣言」が発表されたのは1979年、それから15年後、そのアンサーソングとして発表されたのが「関白失脚」です。
「俺より先に寝てもいいから 夕飯ぐらい 残しておいて~」と歌われるこの歌、笑いながらも切なく感じてしまうお父さんたちも多いのではないでしょうか。

そんなお父さんたちの日、「父の日」。今年は6月18日です。
母の日よりも影が薄いのは仕方がないこと。それでも、何となく気にはなりますね。

父の日の由来

以前母の日について書きました(「母の日」2017、おじさんのアドバイス)が、、、その母の日の設立を知り父の日も作ろうと、動き出した女性がいました。アメリカワシントン州に住んでいたソノラ・スマート・ドットさんです。
彼女は6人兄弟の末っ子でした。当時、南北戦争で父親が召集され母親が一人で6人の子育てをしていました。その後戦争が終わり父親は復員しましたが、過労で母親が亡くなります。父親は、6人の子どもを男手一つで再婚せずに育て上げ、子どもたちが皆成人したあと亡くなりました。
ソノラは母だけでなく、父に感謝する日を作りたいと牧師教会に願い出て、1910年6月19日に最初の祝典が開催されました。これが「父の日」の原型です。6月はソノラさんの父親の誕生月でした。その後、1966年アメリカ36代大統領リンドン・ジョンソンが父の日を賞賛する大統領告示を発表して、6月の第3日曜を父の日に定めます。そして、1972年に正式に国の記念日に制定されました。
母の日の存在があって、それが一つのお手本となって父の日ができたというのは、何か象徴的な感じがしますね。やっぱり母が先(重要)なのだと思います。

そういえば、「こどもの日」の趣旨にも「母に感謝」という言葉が入っていましたね。父という言葉はありません。

父の日はバラ?

母の日に贈られるカーネーションに対して、父の日に贈られる花はバラです。ソノラさんが父親の墓前に白いバラを供えたのが由来です。それからアメリカでは、亡くなった父親には白いバラ、健在ならば赤いバラというのが一般的になりました。
日本では黄色いバラが一般的です。これは1981年に設立された「日本ファーザーズデイ委員会」という組織の取組が大きく関わっています。黄色はイギリスで「身を守る色」とされており、父親が家族を守るというイメージから、委員会が「黄色いリボンキャンペーン」というのを行いました。父の日に黄色いバラを贈ろうという啓蒙活動です。これが一般的広まりました。
私はそのような団体があることを今回初めて知りました。ちなみに「日本マザーズデイ委員会」も2008年に設立されています。

父という存在

影の薄い父の日ですが、、、ちょっと冷静に考えてみると、日ごろの子供との関わりの深さという点で、(ほとんどの場合)父は母に勝てるわけはありません。父の日を母の日と比べること自体、おこがましいと私は思います。

父の日はあなたの「父」が試される?

「父の日は、日頃の自分の父親度を試されるように感じて、ドキドキするんですよ。」と、知り合いの若いお父さんに打ち明けられたことがあります。kojiもその気持ち、まったくわからないわけではありません。深刻に考えれば、「審判の日」ですよね。ちゃんと父親として尊敬されているか? 嫌われていないか?

ただ、「親の心、子知らず」という言葉を思い出しましょう。子供は気まぐれです。その子が父の日にどんなふるまいをするのかで、その気持ちを量るのはナンセンスなことだと思います。また、kojiとしては「プレゼントしておかないと、お父さん、機嫌悪くなるからな。」なんて思わせるのは、最も避けたいパターンです。
父の日のプレゼントを自慢する人の中には、子供にそういう気の使わせ方をしている自分の態度に気づいていない人がいます。

父の日に、父はこうありたい

何を思い、何をプレゼントしてくれるのかは、こちら側がコントロールできることではありません。「嫌われる勇気」風に言えば、どう思われるかにとらわれると、自分の人生を生きることはできません。きつい言い方をすれば、どこか子供に媚びるような態度が出てしまうかもしれません。

アドラー心理学のことを書こうと思って書き始めたわけではありませが、結果的にそこにつながってしまいました。(このあいだまで、ドラマを見ていた影響もあるかもしれません。)

父の日は、何がもらえるかではなくて、これから、父として何ができるのか、を考える日にしたいと思います。父の日を、子供中心に考えるのではなくて、父が「父であること」を考える日にしたいと思うわけです。そういう考え方をすることで、「審判の日」という居心地の悪さを払しょくすることが出来るし、大人の男の一つのモデルとして堂々と子供に向き合うことが出来るのではないでしょうか。

父の日は、父が、来年の父の日までどんな父でありたいかの目標を立てる日と言ってもいいと思います。

私kojiは、父として、いざという時に家族を守る存在でありたいと思います。日常的には、穏やかに話を聞き、理性的な判断に基づくアドバイスができる存在でありたいです。

2013年に公開された映画「そして父になる」は、子供を取り違えられた二組の家族を通して、家族とは何かを問いかけた内容でした。主演の福山雅治さんはその片方の父親でしたが、子供との時間よりも仕事を優先させて生きてきました。そんな福山さんに対して、もう片方の父親役のリリー・フランキーさんが言うセリフがあります。「時間だよ、子供は時間」。福山さんは自分にしかできない仕事があると言って反発しますが、リリーさんは、「父親かて取り換えのきかない仕事やろ」と穏やかに諭します。

父には、いろいろなあり方があります。どれが”よい”、”悪い”ではないでしょう。ただ、「自分の課題として」父親をやっていくのがいいのだろうと思います。

スポーンサーリンク
スポーンサーリンク